月夜見 “寒くとも芽生え?”
         〜大川の向こう

 
長期予報では寒くなるって言ってたのに、
今のところはそんなこともないねぇとか。
札幌の雪まつりに雪は足りるのかしらとか。
お懐かしやの長野五輪の冬なんて、
アルペン競技や何やのゲレンデは
ちゃんと設置できるんだろうかなんて危ぶまれたくらいに、
驚くほどの暖冬だった時期も、過去には結構あったんですのにね。
ここ数年ほどは、
北国がそのまま埋まるんじゃないかというほどの豪雪つきで、
そりゃあ凄まじい寒波ばかりが襲う冬となっており。
今年はその最たるケース。
師走に入ったその途端、本格的な厳寒が訪のうたその上、
クリスマスもみそかもお正月もと、
世に言う“何とか寒波”全てを網羅する勢いで、
ずっとずっと寒いのが今シーズンの冬の特徴で。
シベリアからの寒波が南下してくる間合いと、
太平洋から湿った空気や前線がやって来るのとが、
妙にガチンコしまくってのこと、
低気圧が“爆弾”級のレベルに育ってしまうこと数回。

 「都内でも降った雪がなかなか溶けねくて、
  そこらの道で転ぶ人が多かったんだと。」

 「うあ、それは気の毒だねぇ。」

ただでさえ舗装された道とか、コンクリートの建物や、
タイル張りの地下街とかばっかだろうからさ。
大雨で濡れたときだって転ぶ人は多かったって話だし。
土の土地ならそういうことで困らないのにねぇ、と。
都会でも大変だったこの冬の大騒ぎを、
まぁま お気の毒にねぇと、四方山話を交わすお母さんたちも、
いつも寄りも早く切り上げての家路を急ぐ、今日この頃。
川の中州の小さな里は、
さほど雪には困らなかったが。
それでも寒さは公平にやって来ており、
お外で長々過ごすのは結構つらい。
だっていうのに、
幼い子供ほど、暑いのも寒いのもぶっ飛ばして、
外へ出て行きたがるのって、
一体どういう法則なんだろか。

 「おっちゃん、こんにちは〜♪」

ふわふかの頬を真っ赤にして、
今日はさすがにちゃんと玄関のほうからのお邪魔をした、
この里では知らない人のないわんぱく小僧。
この寒さだから…ということがなくとも、
日頃から構われまくりの坊やゆえ。
お顔の半分が埋まるほどのマフラーを首元へ巻き付けられの、
ジャンパーの下にはセーターにベストにカーディガンにと、
それはそれで別の我慢大会が出来そうなほど、
幾重にも着込まされておいでのルフィ坊やが訪れたのは。
そちらさんもこの里の顔、
指物師の名人にして剣術の達人でもあるとかいうが、
一応の表向きには隠居を気取った、レイリーという老師のところ。
まだ明るいうちだのに、
裏の濡れ縁へ上がれる庭への枝折戸が閉まっていたのでと。
彼なりの順を踏んでからのこと、表からお邪魔した坊やだったものの、

 「うわぁ〜。」
 「んん? どうかしたかね。」

世話役の女性が手伝ってのお着替え中だった銀髪の老師は、
相変わらずに屈強精悍、
まだ三十そこそこと言っても通りそうな、
いやいや それだとここまで強靭したたかに練られちゃいなかろと
判る人にはそんな発言させるほど、
そりゃあ鍛えられた肢体を保っておいでだが。
わんぱく坊やが“わあ”と
あらたまって驚いたのは そんなことじゃあなくっての、

 「レイリーのおっちゃん、そういうカッコもするんだ。」

ぱりっと襟の立ったワイシャツに、
肩の線や背中の広さがいや映えるジャケットと、
脚の長さと切れのある所作でなければ様にならない、
トラウザータイプのテイラードパンツという、
いかにもなスーツ姿なの、

 「そういや見たことがなかったか?」
 「うん。」

いつもは作務衣や和装の着流しか、
若しくは、バイクに乗るのでというお出掛けでの、
重々しいカーゴパンツにトレーナーと革ジャケットという、
至ってラフないで立ちばかりをしておいでの彼なので。
何か見違えたと見とれてしまったらしく。

 「レイさんの教え子の皆さんが、
  大町のほうのお店へ一席設けて下さったのへ、お出掛けしてらしてね。」
 「なに、儂を招けば集まる顔も多かろという“だし”にされたのさ。」

そういう改まったところへの顔出しだったので、
珍しいカッコをしてらしたのだそうで。

 「何か、どっかの校長せんせえみたいだ。」

にゃはーと笑ってのご感想がそれだったのへ、
評された当人は味のある渋いお顔を“おやおや”と破顔させ、
いつもの作務衣へ着替えた御主と坊やへ、

 「お茶を出しますね。」

そうと言って台所へ引っ込んだシャッキーさんが、
お廊下でたまらず吹き出したのも、まま いつものことだったけれど。

 「それで? 何か用があって来たのだろうに。」
 「あ、うん。それがな。」

暖かくて甘いココアを淹れてもらって、
美味しい嬉しいと頬をゆるませた坊やだったが、
レイリーさんからそう訊かれ、
そうそうそうと思い出し、
脱いだばかりの大きめのジャンパーを引き寄せる。
大きめのポッケへ手を入れて、
あれあれどっちだっけとごそごそまさぐってから、
やっと取り出したものを“はい”と手渡そうとする。

 「おや、これは…。」

一番広い天板部分がはがき大くらいで、高さ厚さは5センチくらいという、
随分と小ぶりな大きさの、白木だろう木製の小箱だが、

 「きれいねぇ。」
 「ああ。箱根細工だな。」

色や質の異なる様々な木材を組み合わせ、
それで生まれる見事な幾何学模様を、
カンナで削り出して紙のようにして…という手間をかけ、
こちらも手の込んだ小箱や文箱などへ張り付けて作る工芸品で。
指物師として名のある身のレイリーさんは勿論御存知だったが、

 「あんな、これって細工があって簡単には開かないんだ。」
 「ほほお。」

いわゆる“からくり箱”であるらしいのだが、

 「そいで、あのあの。」

うっとぉと口調が怪しくなったところから、
二人の大人には“はは〜ん”と既に先も見えておいでだが、
きっと意を決してやって来たのだ、
最後まで その頑張りも聞いて差し上げようと黙っておれば、

 「開け方が判んなくなってさ。」

叔母ちゃんからもらったときは判ってた。
それに、何も入ってないなら
閉めてもすぐにのそのまま、
その場で開けておくんだよって言われてたし。

 “そっか、閉まってなけりゃあ困りはしないものね。”

閉める手順をやったばかりなら、
こうして此処を開けてというのも教えやすいしねぇと、
シャッキーさんがこそりと納得しておれば。
その手へ受け取ったレイリーさん、
くるくると見回してから、仕様は何となく察したようだが、

 「うん。これは儂でなくとも開けられように。」

それほど複雑ではないぞと苦笑をし、
父御や大人たちには訊いたのかと逆に問うと。

 「うん。でもな、」

こっくりと頷く坊やが言うには、

 「シャンクスもエースも、貸してみなって請け合うくせによ。
  少しして見に行ったら、漬物石とか振りかざして壊そうとしてやんの。」

さすが親子だよな、やることがお揃いなんだものと、
自分もその延長上にいるくせして、
他人事みたいにしれっと言うものだから。

 「〜〜〜〜〜。//////」
 「シャッキー、無理にこらえると体に悪いぞ?」

話の内容と、それを一丁前の溜息つきで語る坊やと込みで、
こんな可笑しい話はないと、ツボってやまないお姉さんだったりし。

 「あの二人は…まあ向いてないかもしれないが。」

ふむと顎のお髭を大きな手でしごきつつ、
外に適任はと想いを巡らせたらしいレイリーさん、

 「ベンとかいう奴は…。」
 「えー? シャンクスが怒るかもしれないぞ?」
 「そうだの、
  父御の面目を思えば、避けたほうがいいかも知れぬか。」

父たちと違い、
間違いなく開けられるに違いないとの前提で話している辺りに、
再びシャッキーさんがウケかかったものの、

 「それではゾロはどうだ。」
 「……☆」

おおと、お顔を上げた坊やだったものの、

 「でもなぁ。」
 「どうしたね。
  あやつは見かけによらず、
  こういうものも得意だったはずだが。」

そこへは異存もないものか、うんと頷きはしたものの、

 「ただなぁ。
  俺、いっつも困るとゾロゾロって頼ってっからさ。」

こういうのってサ、
堅くて開かない缶々を開けてって頼むみたいで。

 「俺、そうまでお子様だって思われんの ヤだからさ。」
 「ほほお。」

もうとっくに暖まったのだろうにネ。
頬をますますのこと真っ赤にした小さな坊やで。

 誰かのいつもとは違う装いを意外だなぁと気づいたり、
 子供扱いされるのが
 相手によっては恥ずかしいなんて思うよになったりと。

  こうして少しずつ
  大人になってゆくのだなぁ、なんて。

 晩酌を傾けつつ、そんな感慨をこぼしたレイリーさんへ、

  あらまあ、
  まるでルフィちゃんのお父さんみたいね、と。

 お付きの女性がそれは楽しそうに甘く微笑ったそうで。

窓の外では時折嵐のような強い風も吹いていたけれど、
真っ赤になった坊やの回りだけは、
それはほのぼの、暖かい昼下がりだったそうでございます。






  〜Fine〜  13.01.26.


  *いやはや、寒いっ。
   風も強いので、尚のこと寒いわ辛いわ。
   真夏の猛暑も辛いけど、体が動かない寒さも大慨ですよね。
   早く春が来ないかなぁ…。

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